マリア・カラス 伝説のオペラ座ライブ


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マリア・カラスの生涯

マリア・カラスは1923年12月2日ニューヨーク生まれ。ギリシャ人の両親は同年7月にチャンスを求めてギリシャを離れアメリカに渡ったばかりで、間もなくマリアは生まれました。
13歳の時に父をアメリカに残して母親、姉とともにギリシャに移住。1938年に実年齢を偽って国立音楽院に入学。その後アテネ音楽院でエルビーラ・デ・イダルゴに師事し、1941年にアテネ・オペラでプロ・デビューします。
終戦直後の1945年、遠ざけられてきた父親を探し、アメリカでキャリアを積むべく再度大西洋を渡ります。一度はメトロポリタン歌劇場に契約を提示されながら、演目が自分にふさわしくないとこれを断り、1947年に知人のつてで出演したイタリア・ヴェローナ音楽祭の『ラ・ジョコンダ』で、指揮者セラフィンに認められチャンスを掴みます。イタリア各地の歌劇場に出演を重ねて評価を高め、1951-2年シーズンのミラノ・スカラ座『シチリアの晩鐘』で圧倒的な成功を収めると、以降スカラ座の女王として君臨。ヴィスコンティの演出による『椿姫』など、数々の伝説的な名舞台を生み出します。
1952年にはコヴェントガーデン、1956年にはメトロポリタン歌劇場にいずれも『ノルマ』でデビュー。
コロラトゥーラの高度なテクニックを兼ね備えながらソプラノの全ての音域を歌える歌唱力と、他の追随を許さない圧倒的な演技力でオペラに従来にないリアリティと深い感動をもたらし、名声と幅広いファンを獲得しました。
カラスの絶頂期は1950年代の約10年間で、ギリシャの海運王オナシスとの関係が深まり、舞台出演が急激に減る1960年には、声の衰えが顕著となります。1965年後半以降はステージから引退状態となり、1969年にパゾリーニの映画「王女メディア」に主演。1971〜72年にはジュリアード音楽院に招かれてマスタークラスを開講し、今に語り継がれる名授業を行いました。1973〜74年に引退コンサートツアーをディ・ステファノと共に行い、札幌でのコンサートが最後の公式ステージとなりました。
1977年9月16日パリで死去。享年53歳でした。